
大人とは?
時として、いわゆる"大人の分別"を持つということができずにいる自分自身を自覚しているだけに、このご質問には明確な答えをご用意できそうにありません。夢を実現するためにひたむきに生きること、物事に熱中することにおいて、大人も子供もない訳ですし。ただ私の子供時代には、社会にはたくさんの"大人"たちがいました。大人たちは"言葉使い"という礼儀をもって、子供と向き合い、社会のありようを教えてくれていたように思います。
言葉とは?
歌うことは言葉を、その意味を思い伝えることだと思います。日本語は本当に美しい言語です。日本の童謡を歌い始めて、ずいぶん永い時間が流れました。耳から自然に入ってきた歌詞を縦書きにして改めて読み直した時、様々なことに気づかれた方は多いのではないでしょうか。たとえば「ふるさと」に出てくる"おう"と「赤とんぼ」に出てくる"おう"は"追う"と"背負う"ですよね。なんとなく口ずさんでいた音が意味として立ち上がった時、それが個人的な記憶と重なり合い、具体的なひとつの風景として像を結ぶようです。安田姉妹としてコンサートホールでの公演活動とは別に、介護施設や幼稚園や中学校等を訪問し、歌をお聞かせする活動を継続してきましたが、本当に思いがけない反応に出会います。日々お世話をされている方ですら意志の疎通が難しいような高齢者から感謝の言葉をいただくこともあれば、童謡や子守唄というジャンルそのものになじみがないおかあさんやお子さんに遭遇したり…、本当に様々です。
子守唄、そして童謡とは?
時代の大きな変化の中で、女性の生き方に選択肢が増えたことは事実です。女性であること、キャリアを持って社会で働くこと、結婚し、家族を持つ事、いくつもの役割を担う彼女たちが、どのような優先順位で毎日の時間をやりくりしていくのか? これにはさまざまな議論があると思います。ただ、「こどもの歌を考える会〜ソレアード〜」を発足してから、女性たちに"お母さん"として自分の基準を持ってもらいたいと切に願うようになりました。自分自身が元気になる歌があることはとても素敵なことです。でも、それと並行してお子さんと過ごす"お母さんしての時間"にふさわしい歌を持つことの意味も考えて欲しいと思うのです。
子守唄は子供が安心して眠りにつけるようにお母さんが歌う唄、そして童謡はお母さんと子供が一緒に歌う唄です。お子さんにとって、お母さんの子守り唄を聞いているだけだった小さな自分がちょっと大きくなり、お母さんと一緒に童謡が歌えるようになる。このシーンの記憶には、親子共通の思い出が重なり合い、かけがえのない母子の絆も生まれるはずです。
紀尾井町は?
ホテルニューオータニは新年恒例の私たちの"童謡コンサート"に深い理解を寄せてくださっているホテルです。毎年、このコンサートでおなじみのお客様の笑顔に出会い、そのシーンで頂戴する温かい言葉から勇気とエネルギーをいただいております。ホテルのバリアフリーな空間、そしてホスピタリーのある対応は一般のコンサートホールでは提供できない"歌の記憶"をお客様に与えているように感じます。お客様にとって快適な環境と聞きたいプログラムが一致した紀尾井町のコンサート、私にとっても、姉の安田祥子にとっても特別なシーンです。
"大人であること"を意識されているお仕事は?
団塊の世代の私は戦後のモノがなかった時代を知っています。あらゆる意味でモノは不足していましたが、人々の心には希望や未来を信じる明るさがあった。日常のこまごました仕事をやりくりし、よりよい暮らしを作り上げるという意志が社会にありました。日本は今、"モノの溢れる国"になりました。ただ、個人間を繋ぐコミュニケーションの進歩は、社会全体の意志を伝えるという力を急速に衰退させてしまったのではないでしょうか? お母さんがお子さんを抱き、安らかな眠りへと誘う子守唄、そして子供時代の思い出を共有させる童謡の数々、ここには慎ましくも美しい"日本の心"があります。「日本の心を歌い継ぐ仕事」、これは今や私のライフワーク、大人としての責任において取り組んでゆきたいと考えています。
由紀さおり
子供の頃より童謡歌手として活躍、1969年「夜明けのスキャット」にてデビュー。スキャットブームを巻き起こす。その後も「手紙」「恋文」など数々の名曲を発表すると共に女優や司会など、活躍の場を広げる。80年代には姉の安田祥子と共に童謡コンサートをスタート。現在に至るまで美しい日本の童謡を歌い続け、「こどもの歌を考える会〜ソレアード〜」を発足。全国の保育所や幼稚園、介護施設などへ童謡のCDを贈る活動をしている。昨年芸能生活40周年を迎え、ソロ活動も再開させている。
撮影:蓮井幹生
ガーデンコートクラブ(紀尾井町)にて